天才料理人

 僕はホットケーキを焼くのが下手だ。名古屋県出身だから、喫茶店に通う比率が高いのは特に京都に来てから実感するけれど、喫茶店でホットケーキを頼んだことは無いと思うし、実家で母が焼いてくれたこともほとんど無いと思う。

 ただ、なんかたまにどうしても食べたくなることがあって、下宿を始めてから何度かスーパーでホットケーキミックスを買ったことがある。
 人生で一番幸せなときは何時?と聞かれたら、僕は間違いなく料理のモチベーションが高いときに何を作るか決めないままスーパーに入ったときがそれなんだけど、今ではそんな僕も失敗を繰り返した結果、ホットケーキミックスだけは買わなくなった。

 ホットケーキが上手く作れないと言ってもいまいち分からん人も居ると思う。僕が作るホットケーキは恐ろしく水分を吸うことに飢えていて、まるでマインクラフトのスポンジブロックのように僕の口中を砂漠バイオームに変えてしまう。かなしいおもいでしか無かったが、最近ふとした機会にホットケーキが作れない男を卒業しようと再度挑戦してみようと思った。

 結論からして僕の失敗は膨張率を甘く見て一度に焼きすぎることが原因だったと分かった。ココア粉末を混ぜてみたり工夫を加える余地も出来たが、結局まあこんなもんかというラインを越えることは出来なかった。ホットケーキがまあまあ作れる男の誕生である。

 小さい頃珍しく母がホットケーキを作ってくれた時、焼く前のペーストを味見したときにその美味しさに感動し、何故これを焼くのかと疑問に思ったのだが、一人暮らしの下宿で誰も咎める人は居ないはずなのに、律儀に焼いてしまうのは何故だろう?それでも、少し残った余りを焼かずに食べたときは、小さな頃の事を思い出して懐かしい気持ちになるのだが。

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声の砂場から

 ダークサイドオブザムーン。月は自転と公転が同期してる都合で地球に常に同じ側を向けている(であってたよね?)。月の裏側には宇宙人の基地があるとか、色々な妄想があったけれど、多分いつかその基地を建てる宇宙人は人間になるのかな?

 僕はあんまり宇宙に興味がないので、月の話とかそれこそ宇宙人の基地でも見つからない限りどうでも良いのだけれど、月から見る地球とか月の裏から見える景色とか、そういうのを実際に見るときの衝撃ってすげえんだろうなって思う。真っ当に生きてて俺が死ぬまでにリーズナブルに宇宙に行けるとは思えないから、多分実際に見ることは出来ないと思うけど。俺がゲームを詰んでるのは何時か積み上げたゲームの厚みで宇宙に届こうとしてるからだからね!売ってるけど。

何にしても、今まで見上げて来た物の視点に立ったときとか、今まで見上げていた場所を逆に見下ろすようになったときとか、そう言うときの心をガンと殴られるような、嬉しさと寂しさが混じる感情って言うのは大切にしたいなって思う。卒業した母校に訪れて、自分が生活していた教室を見たときのような、郷愁の念めいた物を。
 歳を経るにつれて、そう言った場所を作ることってドンドン少なくなっていくけど、少しでも今居る場所を記憶に残せるように普段よりも右見て左見て生活するってのもなんか積み重ねかなーって感じた。
 失うことは悲しいけど、失ったことを思い出したときの悲しみは何物にも代え難いから、失う物を作っていこう。

 というわけで、僕は月に一歩でも近付くために買ったけど開封もしなかったPS3ソフト、アルノサージュのvita版を買おうと思います。最強無敵だ!待ってろTECMO、ガストは俺が買い支える!!

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筆の付いた振り子

 周りの人間と比べてやや大きな自分の心の振れ幅を利用して発電したいと常々思っているのだが、現代の技術では未だに僕の苦悩で収入を得るには至らない。
 俗に言う“ブックホルダー”の方々はその力を行使することで様々な割引を受けることが出来るそうだけど、これは利益を生み出せない未発達な技術の代替として存在しているのではないか。電気代は税金で支払われている?僕はブログを始めることにした。

 真面目な道を進むでもなく、さりとて歩みを止めるわけでもなく、腐れ大学生のモデルケースのように日々を怠惰に過ごしていた。もしこの生活を永遠に続けられるならそれに越したことは無かったけれど、環境は僕に駆け出すか背中を向けるかを迫り、背中を向ける勇気の無かった僕はやむなく駆け出すことを決意した。日々はやや忙しくなった。生活リズムの変化と行動範囲の変化が大きな要因となって、ここ一ヶ月ほどで、この一年で経験しなかった程の量の出来事に遭することが出来た。
 自分の知らない世界や文化に遭遇するというのは大変に楽しい。孤独のグルメで、ゴローちゃんが朝から酒を飲んでいる連中のたむろする居酒屋だかなんだかに入る話があって、僕はそれが大好きなんだけど、ゴローちゃんは戸惑いながら周りの客がどんな生活を送っていて、どんな関係なのかアタリを付けようとする。人間は自分の知識と常識でしか物事を捉えることが出来ない以上当たり前なのだけれど、自分と違う世界に住む、自分とまるで異なる人種の中でギャップに衝撃を受けていたにも関わらず、その人達を彼らとはまるで違うであろう自分の感性で差し測ろうとする。もしかすると当たっているのかも知れない。答えの分からないままゴローちゃんの視点は別の物に移っていく。その、投げかけられたまま消えていく小さな疑問の余韻が僕は大好きなのである。

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